月山 197m

島根県安来市広瀬町



広瀬中学校から望む


2018年5月12日(土) 天気 ☀


道の駅(11:51)~28分~山中御殿(12:19)~28分~勝日高守神社(12:47)~52分~道の駅(13:39)

所有時間 1時間47分


概念図

 


道の駅広瀬・富田城

山陰・山陽十一カ国を制した戦国の覇者 尼子氏の居城を見たいと思い、月山富田城に登って来ました。尼子氏の全盛を築いた尼子経久や、尼子の再興を謀った山中鹿介など魅力ある武将にも興味を惹かれます。暑い中多くの歴史好きが、本丸へ向かい七曲がりの坂を登っていました。


道しるべ

  道の駅「広瀬富田城」の駐車場にある説明板に目を通して、歴史資料館の先から月山富田城へ向かう。
 
  史蹟の看板や、城郭のレプリカ、俯瞰図が道沿いにある。御子守口から登って行く。

  すぐに太鼓壇(千畳平)と言われる広い広場に上がって来る。経久が太鼓櫓を建てて時刻を知らせたり、有事の際
 に指揮を鼓舞する軍勢揃いの場だ。籠城の際、食糧にしたと言われる椎の木が残っている。


奥書院
  更に行くと、山中鹿介の像がある。品川大膳(棫木狼介)との一騎打ちで「鹿が狼を討取った」と称えられた武功や、
 「我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったというエピソードで有名な武将だ。
 
  奥書院を通り、花の壇の復元建物は後回しにして、まず本丸に向かうと山中御殿が見えて来る。多門櫓跡に入る
 と・・・

  富田城の心臓部とも言われる山中御殿に着く。菅谷口・御子守口・塩谷口などの主要道が集まる最後の砦となる。
 
  七曲がりを登って行くと、堀尾家のお家騒動の首謀者の堀尾河内守と子掃部の墓がある。


三の丸

二の丸
  
 汗を拭きながら七曲がりを登って三の丸に着く。その上が広い二の丸になる。

 
 二の丸からの展望

 
 

京羅木山

中海

独松山
  毛利軍が陣を構え、月山富田城を包囲した京羅木山や、尼子の出城があった独松山が富田城下を見下ろしている。


本丸

山中鹿介幸盛の塔
  二の丸から本丸に向かう途中には当時の石垣がある。本丸に上がると鹿介の塔がある。

  本丸の奥には、城の守り神で大国主命が祀られる勝日高守神社がある。灯籠には猿が彫ってある。


神社から見た本丸
  月山の標高は、山と渓谷社のガイドブックだと標高256,1m、国土地理院の白地図だと183,8m、ここでは197mと書いて
 ある。本丸からの展望を楽しみ、二の丸に降りて行くと、登る時に気が付かなかった井戸があった。


三の丸
  スルーした三の丸から二の丸の石垣を確認して、七曲がりを降りて来ると、山中御殿の所で甲冑姿の一団が待機
 している。横目で眺めながら、これまたスルーした花の壇に寄ってみる。道の駅に降りて来ると、団体客が登って行
 く所だった。あの武者姿は観光客用のイベントだったようだ。安来市立歴史資料館に入ると、縄文時代から戦国時代
 にかけての展示物があり中々見応えがある。月山富田城は戦国時代最大級の山城で必見の価値がある。



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